「高句麗(こうくり)」をご存知でしょうか?

高句麗とは、現在の中国東北部南部から朝鮮北中部にあった国家です。

最盛期は満洲南部から朝鮮半島の大部分を領土としていました。

隋(ずい)、唐(とう)を始めとする中国からの侵攻を撃退しましたが、
最後には唐と新羅(しらぎ)の遠征軍により滅ぼされました。

高句麗の地図がこちらです。

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この高句麗を作ったのも騎馬民族である秦人です。

そして、高句麗を作った王の名前の中に「へブル」という名前があります。

では「へブル」とは何か?

例えば日本では「ヘブライ」のことを「イスラエル」または「ユダヤ」と言います。

旧約聖書の中の二番目の書『出エジプト記』には、虐待されていたユダヤ人を率いて
「モーセ」がエジプトから脱出する話が描かれています。

※旧約聖書とは、ユダヤ教とキリスト教の正典。

「出エジプト記」は、創世記に続く二番目の書。

この「出エジプト記」の話では、エジプトから逃げるヘブライ人(ユダヤ人)たちが、
紅海の岸まで辿りつくも、目の前の海に逃げ場を失います。

そして、ヘブライ人たちは、追ってくるエジプト軍に追い込まれるのですが、
モーセが神に祈ると、なぜか海が割れます。

割れた海の底をヘブライ人は歩き、向こう岸に渡り、危機一髪で逃げることができてたのです。

このシーンは「十戒」という映画でも有名です。

こちらがその映画の画像です。

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覚えてますか?
これらのことが、日本の紙幣にマーキングされていることを。

そして、この話は神話とされていますが「実話」なのです。

勿論、海が割れたと言う話も。

海を割ることなど、到底できそうにないと思えますが、
実は物理的にも可能なことが既に証明さいれているのです。

紅海を渡ったとされるイスラエル人たちでが、
幅の狭い部分なら10〜20km程度なので恐らくその辺りを渡ったのでしょう。

こちらがその地図です。

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当時は前にもお話した大陸移動説やプレートテクトニクスの話のように、現在とは地形が異なったはずです。

そう考えると、紅海の幅は、もっと狭かったのかもしれません。

さて、話を「へブル」に戻しましょう。

日本ではヘブライと言いますが、世界ではへブルと言います。

このへブルと同じ名前が高句麗を作った騎馬民族の王の名前の中にあることは先述しましたよね。

この民族が大陸を南に下り、朝鮮半島の半分を奪い、後にいなくなったのです。

いなくなった…というのは、要するに彼らは日本に上陸したということなのです。

ということは、日本人はもともと、どこから来たのかがわかりますよね。

そう、ヘブライ…すわなちイスラエルからきたのです。

しかし、これは神武系の話です。

ところが、ニギハヤヒは「天の浮船」で来たと記されています。

当然、神武系のように朝鮮半島から渡る時にも船は必要でしょうが、
それをわざわざ記録に残しているところを見れば、
よほど大きくて立派な船で渡ってきたに違いありません。

天の浮船(あまのうきふね)の頭文字は「天」ですが、これを「海」に変えても「あま」と読みます。

これは、「海の浮船(あまのうきふね)」…
すなわち、海を渡ってきた船だということが、ここでもわかるのです。