ルネサンスは死からの再生(2)

前回はルネサンスの代表的な
イタリア人サンドロ・ボッティチェッリの作品で
「ヴィーナスの誕生」を紹介しました。

LINE@登録をされている方は
この女神が乗っている貝も
少し説明しました。
(最近LINE@に登録した人はメッセージをいただければ再送します)

今回はミケランジェロに迫ります。

サンドロ・ボッティチェッリも
ミケランジェロ・ブオナローティも
レオナルド・ダ・ヴィンチも
ルネサンスを推し進めたメディチ家をパトロンとした人たちです。

ルネサンスは一神教に対抗したメイソン勢力と以前書きました。

メディチ家をウィキペディアで調べると
「プラトン・アカデミー」というサークルが出てきます。

プラトン・アカデミーはこちらをクリック

プラトン・アカデミーはルネサンス期にフィレンツェ・メディチ家の周囲に集まった
人文主義者らによる私的なサークルです。
メディチ家の保護を受けたマルシリオ・フィチーノを中心としています。

マルシリオ・フィチーノはこちらをクリック

サークルって日本だと大学のサークルと思いがちですが、
どちらかというと、会合、集まりです。
サークル=円、〇、丸です。

1490年から1492年にかけて、ミケランジェロは
メディチ家が創設したこのプラトン・アカデミーへと参加しています。

このサークル活動、会合はメイソン会合だと思います。
メイソンはサークル活動によく参加します。

ユークリッド原論(幾何学) プラトンの学園アカデメイアで知られていた数学の成果を集めて体系化した本

さて、ミケランジェロはイタリア盛期ルネサンス期の彫刻家、画家、建築家、詩人と
あらゆる分野に大きな影響を与えた芸術家です。

彫刻家ですが建築家としても才能を発揮します。

つまり石工ですが、抜群な幾何学的能力を持っていたのです。
測量、数学、空間を操る幾何学シャーマン。

彼が建築した有名な建物がいくつかありますが
その中でもサン・ピエトロ大聖堂(バチカン)は有名です。

サン・ピエトロ大聖堂の歴史は説明すると長いので
こちらのリンクをクリックすると説明されていますが
つまりバチカンの中身も時代によってそれぞれだと言う事です。
だから一概にもバチカンは悪とは言えないのです。

サン・ピエトロ大聖堂はこちらをクリック

重要なのは、最初にバシリカ式教会堂を建て替えようとしたとき、
新たな設計はブラマンテの集中式、ギリシア十字形プランでした。

その後、建築は一向に進まず、古典的なラテン十字形プランに変更。

それでも建設は一向に終わらず、ついにミケランジェロが継ぎます。

ミケランジェロはラテン十字のプランをブラマンテの計画した集中式プランに改編し
圧倒的な才能で建築を推し進めていきます。

現在のサン・ピエトロ大聖堂は後の計画変更で追加されたファサードを除けば、
基本的な部分はミケランジェロの手によるそうです。

ファサード=正面の飾り部分

ミケランジェロの集中式プラン

一瞬、ふぅん、と思いがちですが、この集中式、ギリシア十字形プラン
よく見ると、2つの四角が角度を変えて重なり合い
8角形を作り出しています。

実は世界のいたるところに8角形が潜んでいるのをご存知でしょうか?

次回に続く。

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