2010年に最も注目を集めたのが坂本龍馬です。

その坂本龍馬ですが、フリーメイソンのメンバーだったと言われいます。

果たしてその真相はどうなのでしょうか?

坂本龍馬

坂本龍馬

世界中に存在していると言われているフリーメイソンですが、
日本がフリーメイソンと関わりを持ったのは江戸時代末期だと言われています。

勿論、日本にもロッジは存在します。

最初に日本にロッジが設立されたのは1866年、横浜です。

なぜ、そんな時代にフリーメイソンが日本にやってきたのか?

それは、ロッジができた1866年に日本で起こったある歴史的な出来事があるからです。

その出来事とは「薩長同盟」です。

薩長同盟とは、幕末に敵対していた西郷隆盛らの薩摩藩と
桂小五郎らの長州藩が江戸幕府を倒す為に結んだ政治的・軍事的同盟です。

フリーメイソンと薩長同盟には、いったいどんな関わりがあったのか?

当時、誰も思いつかなかった、この薩長同盟を仲介した人物が坂本龍馬と言われています。

しかし、当時の坂本龍馬は土佐藩を脱藩した浪士でした。

そんな人物がなぜ薩長同盟の仲介という大役を果たせたのか?

その理由は龍馬の裏に黒幕がいたからと言われています。

その黒幕こそ「トーマス・ブレーク・グラバー」です。

トーマス・グラバー

トーマス・グラバー

長崎県でグラバーといえば観光地になるほど知られたグラバーが住んでいた邸宅の名前。

しかし、グラバーがどんな人物で、どんな功績を残したのかは、あまり知られてません。

トーマス・グラバーはスコットランド・アバディーン出身で、
1859年、21歳の若さで長崎に上陸し頭角を現した幕末の武器商人です。

実はグラバーには武器商人の他に別の顔があったのです。

それは、フリーメイソン。

実際にグラバー邸にもフリーメイソンのシンボルマークが刻まれています。

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グラバーは25歳の頃に立派な屋敷に住んでいたので権力があったのは間違いありません。

グラバー邸の外観

グラバー邸の外観

グラバー邸内部

グラバー邸内部

しかし、権力を持っていたにも関わらず決して表舞台には出てません。

武器商人とフリーメイソン、この2つの顔を持つグラバーが日本にやってき目的は何だったのか?

実はグラバーは、日本で貿易拡大を目論んでいました。

その為に果たしたかったことが倒幕です。

グラバーが倒幕に向けたシナリオの始まりに登場したのが坂本龍馬です。

グラバーは彼に武器の輸入を持ちかけたのです。

グラバーは貿易拡大の為に日本に上陸し、さらには倒幕こそが貿易拡大につながると考え、
幕府の目をくらます為に坂本龍馬を使って大規模な武器の輸入を企んでいたのです。

1865年、龍馬は貿易を目的とした日本最初の商社「亀山社中」を設立。

しかし、この亀山社中立ち上げの裏にはグラバーの存在があったというわけです。

亀山社中

亀山社中

亀山社中は設立から3ヶ月という異例の速さで7800丁という大量のアメリカ製ライフル銃を輸入。

現在の金額に換算すると50億円ものカネが用意されていました。

さらにその2ヶ月後には長州藩に軍艦までも渡しています。

すわなち、亀山社中はグラバーが武器を輸入し、
薩摩、長州に売り捌くためのダミー会社だったのです。

さらに、倒幕に向けたシナリオがグラバー邸の天井裏にある隠し部屋で行われていました。

屋根裏部屋

屋根裏部屋

実はこの隠し部屋でグラバーは、とんでもない人物と密かに会合を行っていました。

その人物とは、後の初代総理大臣で千円札の肖像画にもなった伊藤博文です。

伊藤博文

伊藤博文

グラバーは伊藤博文を筆頭に長州藩の主要人物・・・
俗にいう「長州ファイブ」の密航の手まわしをしました。

長州ファイブ

長州ファイブ

長州ファイブの密航先は、フリーメイソン発祥の地であるイギリスでした。

グラバーは当時の幕府主体の政治、身分制度などをひっくり返す為に、
自由・平等・博愛というフリーメイソンの理念を植え付ける為に彼らをイギリスへ密航させたのです。

さらにグラバーは、長州藩ばかりか薩摩藩士の主要人物もイギリスへ密航させました。

こうして、薩摩、長州は倒幕への志が植え付けられる事になったのです。

そしてグラバーは、坂本龍馬という仲介人を立て、薩長同盟を実現したのです。

倒幕に向け、グラバーは勿論、幕府側の人物にも接触していました。

その人物とは、徳川慶喜の側近、「西周(にしあまね)」です。

徳川慶喜

徳川慶喜

西周

西周

なぜ、グラバーは西周を選んだのか?

実は、西周はオランダに留学中、現地のロッジでフリーメイソンに入会。

日本人では最もフリーメイソンに入会するのが早かった人物です。

こうして、グラバーの思惑どおり江戸幕府の重要なポジションにも
フリーメイソンの西周が入り込む事で武士の解体を行い明治維新を成功させたのです。

明治維新という革命にフリーメイソンが関与していたように、
世界的な革命にもフリーメイソンは関与しています。

1775年のアメリカ独立戦争では、総司令官でもあり米国の初代大統領でもある
ジョージ・ワシントンもフリーメイソンのメンバーです。

ジョージ・ワシントン

ジョージ・ワシントン

1789年のフランス革命では、
指導者ナポレオンもフリーメイソンのメンバーとして有名です。

つまり、革命の裏には必ずフリーメイソンが存在するのです。

ナポレオン

ナポレオン

幕末の動乱に現れたフリーメイソン・・・
しかし、坂本龍馬がフリーメイソンだったかどうかを知るには、
もう少し坂本龍馬の人物像を知る必要があります。

坂本龍馬が今日、ここまで人気者になったのは、
作家の司馬遼太郎が執筆した小説『竜馬がゆく』に登場する龍馬像が、
あまりにも魅力的だったからと言われています。

司馬が書いたのは、あくまでも小説であり、史実をベースにした創作です。

だから「龍馬」ではなく「竜馬」です。

司馬遼太郎

司馬遼太郎

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龍馬は明治維新の準備をしながらも政治の表舞台には立たず、
明治を迎える前に暗殺された悲劇のヒーローですが、
これは司馬の小説に出てくるキャラクターと写真のイメージによって
作り上げられたものにしか過ぎないのです。

そういう坂本龍馬ですが、ある数字と深い縁があった事をご存じでしょうか?

それは「8」という数字です。

  • 生まれは11月15日・・・1+1+1+5=8
  • 父親の名前は平八
  • 父の死後、人生に大きな影響をもたらす2度目の江戸剣術修行に出たのが8月
  • 妻のお龍と結婚したのが8月
  • 歴史を変える事になった西郷隆盛との初対面もが8月
  • 後に薩長和解のきっかけとなる亀山社中としての初仕事が8月
  • 薩摩の西郷隆盛と長州の桂小五郎を初めて会談させようとしたのが5月21日…5+2+1=8・・・この時は西郷が同意せず失敗に終わったが、翌年、西郷と桂が初めて会談したのが1月8日
  • 新しい国家体制について提言した船中八策・・・そこから一歩進んだ新政府綱領八策・・・いずれも八つの政策を綴っている。

「8」は漢字で書けば「八」になり、日本では昔から末広がりで縁起の良い数字とされています。

龍馬は縁起担ぎもあって、8絡みの日に重要な事を実行していたと言われています。

ただ、自分で決められない誕生日や「さかもとりょうま」という名前の文字数、
さらには父の名前、後に造られた高知県高岡郡にある維新で活躍した
志士達の銅像も8体、そして自分ではコントロールできない暗殺された日までが8絡みです。

龍馬の暗殺日は誕生日と同じ11月15日・・・1+1+1+5=8

実は政治家の間では、以前から知られていて
「8」を龍馬の暗号として使っている人たちがいます。

その人達は自分達の党のシンボルマークに8を刻印しました。

その政党とは「民主党」です。

ところで、龍馬は脱藩者です。

江戸時代の途中まで脱藩者は死刑になる事もある大きな罪でした。

龍馬は脱藩者であるというばかりでなくグラバーの協力者として、
汚れ仕事に従事していて、常に命を狙われる危険性がありました。

そんなお尋ね者の龍馬が自ら写真を撮って配りまくるのは変ですよね?

そんな自分の不利になる事を自ら行うわけがありません。

実は写真の人物は、坂本龍馬ではなかったとも言われています。

私たちが坂本龍馬と思っている写真は龍馬本人ではなく、
影武者の写真だったかもしれないのです。

写真の人物を龍馬だと信じさせる事で、
陰で本物の龍馬はグラバーとの陰謀に従事していたと言われています。

19世紀前半にフランスで開発された「写真」は、
フリーメイソンのメンバーであり、物理学者フランソワ・アラゴの働きかけによって、
特許を政府が買い取り、世界へと普及されたことを知る人は少ないでしょう。

政府が買い取った理由は、洗脳の道具として使えるからです。

1859年、開港したばかりの横浜に、
その技術を持ってやってきたのがピエール・ロシエという人物です。

彼の出身地スイスのフリブール州は、フリーメイソンのロッジが
多く存在する所で、彼もフリーメイソンのメンバーでした。

そのロシエに写真術を習ったのが坂本龍馬の写真を撮った上野彦馬という人物です。

さから人々を洗脳するメディア、そして音楽、
絵画、映画などの製作会社は殆どがメイソン系企業です。

また、民主党本部ビルの上の「ピラミッドに目」の看板は、
よく見るとPENTAX(ペンタックス)と書かれています。

ペンタックスと言えばカメラや望遠鏡などのメーカーですよね。

宣伝用の看板がたまたま民主党の屋上に設置されたと思っている人もいますが、
写真やカメラ自体がフリーメイソン抜きでは考えられない代物で、
しかもペンタックスという名称は「5」を表す接頭語で、
ペンタと聖霊降臨を意味するペンタコステから付けられた名前なのです。

pentax

 

ペンタックスが、そのマークを「万物を見通す目」に
似せて作ったのは、ある意味当然のことなのです。

力を持った者が真実をねじ曲げ、歴史を作り変えている・・・

メディアは、そんな洗脳の道具なのです。

龍馬が生存してた時代、最も影響力を持ったメディアが写真だったというわけです。

テレビで流されたことが本当の事だと現代人が考えるように、
写真に写された事が本当のことだと当時の人々は信じ込んでいたに違いありません。

「真実を写す」と書いて「写真」と読みますが、
実は原語のフォトグラフにそんな意味はないのです。

しかも、世界で最初に百科事典を作ったのもフリーメイソンです。

なので、事典の内容は権力者の都合の良いように作れているかも知れません。

坂本龍馬は暗殺されたというのが歴史の常識ですが、
実は龍馬は暗殺されずに生きていた、という噂もあります。

暗殺されたのは龍馬ではなく影武者だったと・・・

本当の龍馬は明治維新を生き延び、その後、海外に渡ったと・・・

海外渡航が簡単ではない時代に海外に行けたのは、グラバーの存在があったからで、
現在知られている暗殺の話は全部が作り話とも言います。

日本の政治は長州藩が主導権を握るようになり、
その流れは第二次世界大戦後まで続き自民党へと引き継がれる事になりました。

長州藩の後継者とも言える自民党は龍馬の事などすっかり忘れていました。

ところが生き延びていた龍馬は復讐する為に備えていたのです。

そして、龍馬の意志を引き継いだのが民主党というわけです。

民主党のロゴマークは、2つの円や∞(無限大)を意味すると語られています。

ですが、それは表向きの話。

本当は龍馬と縁が深かった数字「8」を取り入れ、
同時に龍馬の故郷である高知県の桂浜から昇る太陽を描いたものです。

そして、民主党は2009年の衆院選で、ついに自民党を破り、
政権交代という革命を実現したのです。

龍馬の復讐がついに成し遂げられたのです。

かつて、民主党の小沢一郎は「ジョン万次郎財団」の会長を務めいていました。

ジョン万次郎(本名:中濱 萬次郎)は、龍馬と同じ土佐出身で、
龍馬の思想に大きな影響を与えたと言われる人物です。

このジョン万次郎の銅像が高知県に建てられていますが、
この像を建てたのは民主党の小沢一郎です。

 

ジョン万次郎

ジョン万次郎

ジョン万次郎の銅像

ジョン万次郎の銅像

 

ジョン万次郎像には、フリーメイソンのシンボルでもあるコンパスと定規が握られていて、
彼こそ日本初のフリーメイソンのメンバーだったと言われています。

板垣退助、岩倉具視、伊藤博文という面々が日本紙幣の肖像に起用されたのには、
グラバーの意志が込められているからです。

厳密に言うと、グラバーが属していた秘密結社フリーメイソンの意志なのです。

しかしなぜ龍馬は紙幣に載らないのか?

それは、影武者の写真しかなく本当の顔が分かっていないからです。