憲法第9条について

私は過去に自衛隊を国防軍にするためには
「憲法第9条」を変えないといけないと言いました。

そもそも「憲法」とは一体何か?について知らない方にご説明します。

憲法があるからこそ国家が存在するのですが、
要は憲法と言うのは国の形を決めるものであり、
簡単に言うと法律の王様というところでしょうか。

一番上に憲法があって、その下に様々な法律が存在するのです。

そして、法律は国民が守るべきものですが、
憲法は、その国の権力者が守るべき法律でもあります。

要するに憲法とは、権力者が間違った方向に暴走しないように、
国家権力を制限し、国民の自由と権利を保障するものです。

現在の日本国憲法は、第二次世界大戦において日本が敗戦したことにより作られたものです。

1945年8月、日本が降伏し、米軍を中心とした連合軍が日本を占領。

GHQのマッカーサー元帥は、同年10月、当時の首相であった幣原喜重郎に対して、
憲法の自由主義化を求めました。

天皇に絶対的な権力を認めていた「大日本帝国憲法(明治憲法)」の
改正を米国は求めたというわけです。

これに対し、幣原首相は憲法問題調査員会を作ったものの、
天皇が絶対的な権限を持っていた明治憲法の基本を変えるつもりはありませんでした。

これにマッカーサーは激怒し、日本側に憲法を変える意思がないのなら、
米国で原案を用意しようと言うことになり、
マッカーサーがわずか1週間で作ったのが今の憲法なのです。

当時、マッカーサーは「この憲法を受け入れなければ、天皇に何が起きても知らないぞ」と
首相の幣原喜重郎と外務大臣の吉田茂(後の首相)を脅しました。

2人は泣く泣く憲法草案を認めるしかなかったのです。

敗戦国として拒否など出来なかったのです。

そして、マッカーサーが作ったその憲法には、平和主義は国際的な平和を望むものなので
「日本は戦争を放棄し、戦力を持たず、交戦権を認めない」と第9条に定められていたのです。

後日、憲法を審議する国会で、日本共産党の野坂参三は、
「自衛権くらい持っていないと駄目だろう」と発言しましたが、
これに対して吉田茂は「あなたのような考えの人間が戦争を起こすのだ」と、
マッカーサーの教えの通りに反論したのです。

そして、その考えが今でも受け継がれているのが、この日本なのです。

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さて、この憲法の中で今一番問題になっているのが、その第9条です。

これについては、改憲派と護憲派に分かれ、両者の間では論争が続いています。

「日本は戦争を放棄している為、戦力を持ってはいけない」とされていますが、

しかし、近年、自衛隊は国連平和維持活動に参加し、
海外に派遣され実績も積んできたわけです。

なので、その実体に合わせて、憲法を変え、
自衛隊を国防軍に位置づけようとしているのです。

ですが、憲法というものは、先述したように法律の王様であり、
国家に関わる法律なので一般の法律改正に比べて、とても厳しい条件があるのです。

その条件は、衆議院と参議院の三分の二以上の賛成によって、
国会が憲法の改正を提案し、国民投票で過半数の承認を得る必要があるのです。

しかし、どんなに難しくても日本は絶対に自衛隊を軍隊に変えるべきです。

歴史上、日本は平成に入って初めて裕福な国となりました。

しかし、この国は裕福になればなるほど、弱くなっていく傾向にあるようです。

要するにそれが平和ボケですね。

かつて、日本人を殺しまくった国の兵隊が、この国には4万人駐留しています。

そして、彼らに対して日本が負担する経費は年間7000億円です。

日本人を殺しまくった兵隊といのは、勿論米軍のことです。

問題は、そこまで巨額の資金を投じてるのに、
いざという時に米軍が本当に日本を守ってくれるのか?ってことです。

日本人を殺しまくった過去の実例があるのにも関わらず、
本当に米軍が守ってくれると思っている人は、頭の中が余程、幸せな人だと思います。

なぜ、オスプレイが配備されたのかご存知ですか?

ま、このことは、またの機会に説明しますが、
米国は日本を守ろうなんて微塵にも思っていません。

ただ、日本を利用しているだけなのです。

なので自分の国は自分で守るしかないのです。

第一、なぜ日本人を殺してきた国の軍隊に守ってもらう必要があるのでしょうか?

日本人には誇りというものが全く無いのでしょうか?

自分で自分の国も守れない国は、必ず滅びます。

そんなの当たり前の話です。

全く真実を知らされず、間違った教育を受け、骨抜きにされた日本人・・・

堕落し過ぎたあまり、誇りさえ失ってしまった日本人・・・

本来の日本の姿を取り戻すには、今のままでは到底無理であり、
私達自身の考えを改めなければ、それを達成することができません。

だからこそ厳しい現実に目を背けるのではなく、直視し、受け入れる必要があるのです。

そして、その危機感が国を変えたいという意識を高めるのです。

危機感がなければ、そうした動機は決して生まれません。

私は、この先に待ち構える恐いことを色々と書いてますが、
皆さんは、それに対しての不安感ではなく、危機感を持たなければなりません。

私は恐怖や不安を煽っているのではなく、危機感を持ってもらうために書いているのです。

ただ、恐いと言って不安に陥ってても何も解決策は見出せないのです。

不安とは、行く先が見えないから生じるもので、
自分たちで何とか解決策を見出そうという気持ちさえあれば、その不安は危機感となるのです。

そして、それこそが、この腐敗した社会を変えるための第一歩となるのではないでしょうか。

この国を守るため、私たちの生活を守るため、
そして、この先の未来を守るために今、何が出来るかを考えてみましょう。