銀行の秘密(1)

宝貝

私たちは生活をする上で、なにかとお金が必要です。
裏返せば、お金が無ければ生活はできません。

私たちの住む社会においては、お金無しでは生きてはいけないでしょう。

戦争を起こすには莫大なお金が必要ですが、
莫大なお金が手に入るからこそ戦争を起こす国もあるのです。

お金とは人類に戦争までもを起こさせる「力」があります。

でも、よく考えてみてください。

お金とは、ただの紙切れであり、ただのコインです。

そんな物に人はなぜ踊らされているのでしょうか?
なぜ、人はお金のために働くのでしょうか?

お金というものはいつから、
そんな「力」と「価値」を持ったのでしょうか?

お金の本質を探っていくと面白いことがわかりました。

私たちの身近にあるお金・・・
私たちが日々の生活を送れるのもお金のおかげです。

私たちがいつも手にする、このお金(貨幣)ですが、
なぜかほとんどの人がその本質を知りません。

「お金のことくらいわかっているよ」と思いませんでした?

本当にお金の仕組みを理解できていますか?

実は本当の意味で、お金の本質や仕組みを
理解している人は極めて少ないのです。

どんなにお金持ちの人でも、お金の本質や
システムを理解している人はほとんどいません。

彼らは、ただ稼ぎ方を知っているだけです。

それでは、現在の貨幣システムがどのようにして
でき上がったのか、その歴史を遡ってみましょう。

まず基礎知識になりますが、お金には
「交換の媒介物」「価値の貯蔵手段」「価値の尺度」
という3つの機能があることをご存知でしたか?

この3つがお金の三大機能と言われていて、
他にも「支配の道具」や「投機的利益の道具」となる機能もあります。

この世にまだお金が存在していなかった時代、
私たちの祖先は共同体の中で「自給自足」の生活をしていました。

自給自足は自分の生活に必要なものは、
全部自分で作らなくてはいけないので、
非常に効率が悪く生産性が低いものでした。

よって自給自足経済では、その地域で採れないモノがあったり、
不足してしまう時もあったのです。

そこで生まれたのが「物々交換」でした。

物々交換

しかし物々交換は、お互いの欲求や必要性が一致しないと、
交換がスムーズに行えないという不便さがあり、
交換の手段としては効率が悪かったのです。

そこで発明されたのが交換の媒介物としてのお金です。

当時のお金は『相当分の何かと交換しますよ』
という、お互いの取り決めでした。

つまり、お金の本質は「情報」ということになりますよね。

このお金が発明されたことにより、いつでも、どこでも、
誰とでも、何にでも、交換出来るようになったのです。

しかし、人には好き嫌いや得手不得手がありますよね。
例えば、あなたが絵を描くことが大好きで非常に上手いとします。

しかし、いくら絵が好きで上手でも、
お金が無ければ自分が必要とする物は自分で作らなくてはいけません。

すると、絵を描く時間は無くなります。

ところが、お金が媒介物になることで、その人は好きな絵を描いて、
それを売り、生活に必要な物を買うことが出来るようになるのです。

つまり、お金が人と人を結ぶ道具となり、人間は初めて
自分の好きなことをして生きて行くことができるようになるのです。

こうしてお金が発明されたことによって、
分業化が促進され専門技術を持つ人が現れるようになりました。

そして、生産が高度化、効率化され文明が発達したのです。

お金の発達段階は世界各地様々ですが、
最初にお金として使われていのは、
米、小麦、塩、油、布、皮、牛、羊など、
誰もが生活において必要な物ばかりでした。

誰もが必要とするから交換の媒介物として成りたったのです。

しかし、これらの商品貨幣は、
時間と共に品質が劣化するという問題がありました。

しかも小額の取引をする際に、
米や塩などは取引き相応の分量に分けることができますが、
牛や羊の場合、取引き相応の分量に切り刻むことはできません。

なので商品貨幣には劣化と分割に不便という問題がつきものだったのです。

やがてそのような問題を回避するため、
交換の媒介物は別の物が使われるようになります。
それは「宝貝」です。

これが硬貨の始まりというわけです。

宝貝

宝貝

 

宝貝は美しい色艶をしていて、堅く、粒も揃っていて、
ネックレスなどのアクセサリーとして大切にされ、誰もが欲しがる貴重な物でした。

皆が欲しがる価値ある物だからお金として通用したのです。

こうして宝貝はお金として世界的に広く使われたのです。

資源の「資」
財産の「財」
売買の「買」
貯金の「貯」

 

など、お金に関する漢字に「貝」がついているのは、その名残です。

やがて鉱山の発掘技術が発達し、宝貝から「金」・「銀」・「銅」等の
貴金属がお金として使われるようになります。

なぜなら、貴金属は品質が劣化せず、且つ分割が容易、しかも持ち運びにも便利で、
長い時間が経っても価値が変わらないという特徴があったからです。

さて、この頃になると金属そのものがお金として使われたので、
取引の度に重さを計ったり純度を調べたりする必要がありました。

そこで、大きさや重さ、純度がきちんと決められた
鋳造貨幣(コイン)が造られるようになったのです。

交換価値の基準となる重量や純度が一定のコインは、
権威と信用のある国王(政府)が造る権利を持ち、
且つ「誰にどれだけお金を分配するか」も決めることができました。

この権利のことを「貨幣発行権」と呼びます。

この権利がどれだけ大きな権力を持つことができるようになったか?
後ほどわかります。

人々は取引の時に、その対価に相当するコインを支払い、
なかでも最も価値の高いお金は金貨でした。

当時の人々は金貨を強盗や泥棒から守るために、
大きくて立派な金庫を持つ「金細工師」にお金を預けるようになります。

金細工師

金細工師

この大きくて立派な金庫を持つ金細工師は、
金貨と引き換えに「預り証」を渡し保管料を貰っていました。

金貨を預けた人々は何か物を買う時だけ、
金細工師に預り証を渡し、引き出した金貨で物を買います。

一方、代金を受け取った売り手も、金貨を泥棒に盗まれまいと
金細工師に預け、預り証を受け取っていたのです。

しかしよく考えてみると、預かり証を持っていき、
金貨をわざわざ引き出さなくても、
買い手は直接、売り手に預り証を渡せば結果的には同じことです。

人々は次第に金貨を使って取引きするより、
預り証で取引きする方が便利で安全であることに気づいたのです。

そして、この預り証が通貨の役割を持つようになったのです。

この預かり証が「紙幣」の始まりというわけです。

こうして人々が紙幣で取引きし始めると、
金細工師の金庫の中にある金貨は眠ったままとなります。

預金者たちが一斉に金貨を引き出しに来ることはありません。

となると、もっと沢山の預かり証(紙幣)を発行し、
お金に困っている人に貸し付け、
利子で儲けを出すことができるのではないか?
と考えたズル賢い金細工師がいたのです。

その金細工師は、それをビジネスとして始めることになります。

これが「銀行業」の始まりなのです。

この時からお金は、銀行から融資を受けた時に創られるようになったのです。

これを「信用創造」といいます。

しかし、金庫に眠っている金貨は実際は金細工師の物ではありません。

お客の物を勝手に元手として
紙幣を貸し出しているのですから、これは立派な詐欺です。

でも、このことは秘密裏にされていたため、
大衆から非難されることはありませんでした。

ただ、稀に困ったことが起こるようになります。

それは、何らかの理由で預金者たちが預り証を持って、
預けている金貨の返却を大量に求めてきた時です。

実際は金庫に眠っている金貨以上の紙幣を
発行しているわけですから返却に応じられなかったのです。

これが教訓となり、その後は銀行家同士で
金貨を融通し合いその場を凌いだのです。

その銀行家の手から一時的に離れた金貨も
結局は廻り回って帰ってくるので、
融通し合っても何の心配もなかったのです。

そして、このような詐欺的行為がバレないように
銀行の秘密性はどんどん高まっていったのです。

こうして時代を経て、国々が貿易によって交流が深まり、
世界中で通貨システムが統一されていったのです。

世界の国王たちは、銀行家が大量のお金を持っていると信じていたので、
国家にお金が必要な時は銀行家から借りていました。

とくに戦争をするに際には多額の資金が必要だったため、
銀行家に借りるしかなかったのです。

つまり、銀行家にとって戦争は一番儲かるビジネスでもあったのです。

 

たとえ戦争に負け、国王が借金を返せなくても、
借金の担保である国王の財産・土地・建物・税金等で肩代わりしてもらえるため、
戦争に勝とうが負けようが関係なしに銀行家は儲かる仕組みになっていたのです。

こうして銀行家は次々と国家にお金を貸付けるようになります。

そして、戦争の度に財産を増やし、やがて王族と血縁を結び、
貴族となって絶大な権力を手に入れるようになったのです。

貴族となった銀行家は、さらに大きな権力をもち、
手持ちのお金より多くの紙幣を発行する権利を国王に認めてもらうことになります。

何の価値もない紙切れに価値をつけて人々に貸し出す権利を手に入れたのです。

紙幣という紙切れを貸す代わりに、人々から家、店、車、貴金属、宝石など
価値のある物なら何でも担保に取って行くようになり、
こうした担保が銀行家の財産になっていきました。

こうして、国家ではなく銀行家がお金をコントロールするようになったのです。

これが現在でも行われている「紙幣」と「銀行」の仕組みなのです。