(6)実権を握っているのは政治家でなく官僚

かつての民衆党政権の時代には、物価は下がる、所得賃金は下がる、景気は悪くなる・・・と、まさにデフレ不況でした。

が、自民党に政権が戻ったことで、安倍政権は「大胆な金融緩和」と言って、
日銀にお札をジャンジャン刷らせたから株価は上昇しました。

しかし、それも一時的なものでしかありませんでした。

政治家は「改革します・改革します」と国民には言いますが、改革なんてなかなか出来ませんよね。

これは、政治家よりも霞ヶ関の官僚の方が政治に対して実権を握っているからです。

例えば、政治家が改革を行おうとすると
「いきなり改革を行うと、ついてこれない国民がいるので、一応、玉虫色で行います」
といった具合に政治家が改革出来なように、隣で官僚どもが邪魔しているからなのです。

霞ヶ関の官僚たちが使う「霞ヶ関文学」というものがあり、
これは法案や公文書作成における官僚特有の作文技術で、文章表現を微妙に書き換えることで、
別の意味に解釈できる余地を残したり、中身を骨抜きしたりする言葉の使い方で、
この言葉で政治をコントロールしているのです。

例えば、文中に「て・に・を・は」を入れたり、句読点の打ち方を変えたりして、
法律の意味をガラリと変えてしまうことも可能になります。

このやり方は、霞が関の官僚が使う独特なものなので、政治家でも見抜けないと言われていて、
政治家そのものが官僚に取り込まれているため間違った政治主導になっているのです。

他にも「ゼノンのパラドックス」の一つでもある「アキレスと亀」の法則と似たような手法を使います。

この法則を簡単に説明するとこういうことです。

あるところに「アキレス」と「亀」がいました。

2人は徒競走をすることになりましたが、アキレスの方が足が速いので亀がハンデをもらいます。

アキレスのスタート地点の100m先を亀のスタート地点とします。

2人は一緒にスタート。

アキレスが100m進んだとき、亀はその間10m先に進んでいるとします。

アキレスはこの時点で、まだ亀に追いついていません。

さらに10m進んだ時、亀は先に進んでいますので、この時点でもアキレスは追いついていません。

同じように繰り返えしても、アキレスはずっと亀に追いつけないのです。

足の速いアキレスなのに、計算上ではなぜか、のろまな亀に絶対に追いつくことができないのです。

現実的には直ぐに追いつくはずなのに、計算上では、なぜこのようなことが起こるのでしょうか?

その種を明かしましょう。

例えば、アキレスが100mを9秒で走るとすると、次の10mで0.9秒です。

そして、その次の1mで0.09秒・・・

次の10㎝で0.009秒・・・

次の1㎜で0.0009秒・・・・・・

と、無限に時間を分割するだけで、永遠に追いつかないように見えているだけなのです。

要するに、こうやって数字で割って行くと、永遠に割り切れることはありません。

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「数字は嘘をつかない」と言いますが、このように時々、嘘をついてしまいます。

だから霞が関の官僚みたいに玉虫色で改革をしようとしても絶対に出来ないのです。

霞ヶ関の官僚は、このような手法で政治家を背後で上手い具合にコントロールし、改革が出来ないようにしているのです。

そうです、皆、官僚マジックに嵌っているというわけです。

民主党政権時代、野田首相は「消費税増税」を急いでいました。

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それがなぜかというと、この消費税増税にも霞ヶ関の官僚が絡んでいるからです。

野田首相の背後にも当然、霞ヶ関の官僚や財務省の存在があったわけですが、
「維新の会」は消費税を地方に回せと言っていたので、
「維新の会」が国政に参加する前に、消費税増税を決定しようとしていたのです。

なぜなら、霞ヶ関や永田町に一度集めたお金を配る時に、官僚に「利権」が発生するからです。

その消費税が地方に回ったら、自分たちの利権は発生しなくなるばかりか、
霞ヶ関の官僚という存在そのものが危うくなってしまうからです。

だから霞が関の官僚は「維新の会・橋下徹」という存在が煙たくて仕方がないわけです。

そうした理由から橋下叩きが行われるのです。