世界の大スターだった「マイケル・ジャクソン」が

突然死んだのは2009年6月のことです。

病気や事故ではなく突然の死でした。

 

死因はすぐに公開されず、

結局マイケルに睡眠薬を処方していた専属医師の証言から、

数種類の薬を複合したことによる中毒死だったと結論づけられました。

マイケル・ジャクソン

マイケル・ジャクソン

 

本当に薬による中毒死だったのでしょうか?

マイケルは長い間、イルミナティから勧誘されており、

それを断り続けていたと言われています。

 

彼は英国ロンドンでの「THIS Is Itツアー」の公演で

ある発表をしようとしていたそうです。

ある発表とは何でしょうか?

 

実は彼はイスラム教徒になっていたのです。

そのことを発表しようとしたので、

その影響力を恐れる組織(イルミナティ)によって殺されてしまったのです。

 

1960年代の「ジャクソン5」の時代から1990年代を通して、

マイケルは数多くのヒット曲を世に出してきました。

 

イルミナティはマイケルがまだ子供のうちから目をつけていて、

他愛のないラブソングを歌っている間は放置していたようですが、

1990年代に入ってメッセージ性の強い歌が発表されるようになると、

事情が変わってきたのです。

 

とくに「THEY CARE ABOUT US」という歌には、激しい反応があったそうです。

なぜなら、差別、虐殺、暴力の反対を訴えた歌だったからです。

 

2000年代に入ってブッシュが大統領になると、

益々マイケルの活動は困難になりました。

 

ホテルのバルコニーから、息子をファンに見せたことが、

幼児虐待だとして非難を浴び、

少年ファンに性的虐待行為をしたという疑惑で逮捕されるなど、

何度も裁判を起こされ、スキャンダルがでっち上げられました。

 

ブッシュ大統領がアフガニスタンとイラクに戦争をしかけた話は、

こちらでしていますが、そういう状況下の中で、

平和を主張した内容の歌を唄うマイケルの存在は、

彼らにとってとても邪魔な存在だったのです。

 

マイケルの活動が妨害されていた裏には、このような事情があったのです。

 

 

ブッシュが大統領を退くとマイケルは再び活動を始めます。

そして、欧米の白人社会に広がる反イスラムの流れを止めるため、

英国ロンドン公演にて自分がイスラム教徒になったことを発表する予定でした。

 

その上で、世界中から宗教的偏見や人種差別を無くそうと

呼びかけるつもりだったのです。

 

もし、マイケルがそれを実現させていたなら、

宗教的な対立を乗り越え、平和を求める動きが現れたかもしれません。

 

圧倒的な人気を誇るマイケル・ジャクソンの言葉です。

どれだけの影響力があるか計り知れません。

 

反イスラム感情を利用して、イラン攻撃を正当化しようとしている連中にとって、

マイケルは邪魔者でしかなかったのです。

だから彼は殺されてしまったのです。

 

また、マイケルの整形手術の裏を知る人は少ないでしょう。

実はマイケルは、白人に憧れて自分も白人になろうと

何度も整形手術を行ったわけではありません。

彼はイルミナティに、ずっと嫌がらせを受けていたのです。

そして、顔に大怪我を負わされたのです。

だから何度も手術を受け、あのような顔になったのです。

マイケル・ジャクソン

マイケル・ジャクソン

もし彼が本当に白人を目指していたなら、

顔の整形を行う前に髪を金髪にしていたでしょう。

でも彼はずっと黒い髪のままでした。

 

そうです、彼は黒人であること、そして黒い髪を誇りに思っていたのです。

また、彼はよく右手に白い手袋をはめていましたが、

あれはどういう意味か知ってますか?

 

かつてベルギー領であったアフリカのコンゴでは、

ベルギー国王レオポルト2世の経営する大規模ゴム農園で

黒人は奴隷労働を強制されていました。

この奴隷ゴム農園を経営していた真のオーナーはロスチャイルドです。

 

黒人奴隷には、ノルマとして1日に採集するゴムの量が決められていて、

1日でもそのノルマが達成できないと

ロスチャイルドは、その黒人奴隷の右手首を斧で切断し制裁を加えるように命令。

それは、相手がどんなに子供であっても容赦なく行われていたのです。

次の写真は、ロスチャイルドによって手首を切り落とされた黒人たちです。

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マイケルが右手に手袋をはめていた意味は何か?

マイケル・ジャクソン

マイケル・ジャクソン

あれはロスチャイルドへの抗議を示したメッセージだったのです。

だから、ホワイトハウスにおいても、顰蹙(ひんしゅく)を買いながらも

手袋を外さなかったというわけです。