(5)ペーパークリップ作戦

前回ではナチス製UFOがプラズマの原理を用いて飛行してたのではなく、
電磁気で飛行してたことをお伝えしました。

そんな地球製UFOも1947年の「ロズウェル事件」以降、画期的に変わります。

ロズウェルで墜落したUFOがこちら。

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円盤でもなく三角形でもなく、五角形のホームベース型です。

このロズウェル事件ではUFOの残骸の他に、
エイリアンと見られる3〜4体の遺体が米軍によって回収されました。

ところが実際は、遺体はエイリアンではなく私たちと同じアジア人だったのです。

前にも紹介済みですがMr.アンダーソンは、
回収された遺体はイエスキリストの使徒と言ってます。

実は江戸時時代あたりまでは日本人の平均身長は、
男性で150センチほど、女性で140センチほどでした。

この時に回収された遺体も150センチほどの男性でした。

アジア人と言っても、それは日本人。

しかもスキンヘッドでした。

遺体とデスマスクがこちら。

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なぜ日本人がUFOに乗っていたのか?

乗っていたのは本当に日本人だったのでしょうか?

 

ところで「ペーパークリップ作戦」をご存知でしょうか?

この計画は第二次世界大戦末から終戦直後にかけて
米軍がドイツの優秀な科学者を米国に連行した時の作戦名。

大戦後、ソ連(現ロシア)は東ヨーロッパ等の領土を取りました。
が、米国は領土を取りませんでした。

なぜ領土を取らなかったのでしょうか?

実は米国は領土を取らないかわりに
ナチスドイツの有能な科学者達を根こそぎ自国に連れて行ったのです。

それが「ペーパークリップ作戦」だったというわけです。

ペーパークリップ作戦で渡米したドイツ人科学者達の画像。

ペーパークリップ作戦

ペーパークリップ作戦

当然米軍はハウニブUFOの技術も含め、重要なもの全てを持っていったわけですが、
その手先となったのが「ハンス・カムラー」です。

ハンス・カムラー

ハンス・カムラー

カムラーはポーランドに生まれのナチスドイツの親衛隊(SS)の将軍でもあり、
ナチスの秘密兵器やUFOなどに携わる総責任者でした。

この男がナチスの多くの重要書類や証拠資料を持ってベルリン陥落の寸前に消えたのです。

いったいどこへ消えたのか?

そう彼は米国に亡命してたのです。

ナチスには実験機を含めたUFOが何機も残っていましたから、
一部を英国におき後は米国が全て持っていったのです。

※一部のUFOを英国に渡した理由は英国は米国の同盟国だから。

米国が最初にUFOの飛行実験を行ったのは米国南西部にある
モハベ砂漠にある「エドワーズ空軍基地」です。

同基地は「エリア51」と同じで秘密実験機を飛行実験していた場所です。

これがその証拠写真です。(大変貴重なものです)

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前にいるのが米軍のパイロットたちで、
後ろに写っているのがハウニブ2(アダムスキー型UFO)です。

彼らがこのUFOを操縦し飛ばしていたのです。

そしてこのモハベ砂漠でUFOを目撃したのが
「ジョージ・アダムスキー」だったというわけです。

米軍はナチスドイツからUFOやそれに関する機密情報、
それに有能な科学者全てを取り上げました。

そしてモハベ砂漠のエドワーズ空軍基地で
UFOの飛行実験を行っていたわけですが、
この地でUFOを目撃したのが「ジョージ・アダムスキー」でした。

アダムスキーは、1952年(61歳の時)仲間と一緒にドライブ中、巨大な「葉巻型UFO」を目撃。

そこからはアダムスキー型の小型のUFOが飛び出し地上に着陸。

小型のUFOから出てきた人間型エイリアン(彼の説では金星人)と遭遇。

この事件からアダムスキーの名が世界中に知られるようになります。

これと同時に底に3つの半球形の装置と中央に炉心を持つUFOが
「アダムスキータイプ」として認知されることになったのです。

彼が見たという「葉巻型UFO」は既に19世紀から知られていて、
特に北欧などの北方地域では目撃情報が多く
「ゴーストロケット」と名づけられています。

大昔の文献にも葉巻型UFOとしか思えない飛行物体の記述があり、
1561年4月14日にドイツのニュルンベルグに現れた
無数の葉巻型UFOの記録はよく知られています。

その当時に描かれた木版画イラストがこちら。

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1561年4月14日ドイツ・ニュルンベルク上空。

夜明けとともに人々が見上げた空には、
様々な形をした無数の不可思議な飛行物体が、
空中戦らしきものを繰り広げていた。

葉巻形や円盤、球体、十字形の物体が空一面に埋め尽くされていた。

戦いは1時間以上続いた。

葉巻型の母船らしき物体からは、回転楕円形の物体が飛び出していた。

2機の円盤が地上に墜落、煙で消失した。

残りの飛行物体は太陽の方に向かって姿を消した。

世にも恐ろしい光景だったといいます。
アダムスキー以前にもこうした記録が残ってくらいです。

やはりアダムスキーの主張は事実だったのでしょうか?

実はこれには複雑な背景があったのです。

NSA(米国家安全保障局)がアダムスキーを裏で支援していたのです。

世界中の政治家や知識人と会見する手配をしたり、講演会開催の協力をしていたのです。

NSAはシークレットガバメント内の組織です。

しかし彼(アダムスキー)が同組織のエージェントだったとは思えません。

なのに何故、UFOをひた隠しにし、情報操作まで行うNSAが
UFOとエイリアンに遭遇したと主張する彼を裏で支援していたのか?

それは世間が彼のことを胡散臭い目で見るように裏で仕組んでいたから。

NSAは、<真実には最も近いが常識的に最も遠い説>を唱える彼を
徹底的に利用する作戦に打って出たというわけです。

ジョージ・アダムスキーはポーランド人です。

ナチスを裏切ったハンス・カムラーもポーランド人です。

戦後、ポーランドの人たちは結束力を以って沢山のコミュニティを作りました。

アダムスキーもそのメンバーでした。

カムラーは名前を変えて米国に在住。

そしてこの二人は出会ったのです。

そこで二人の間には約束事がなされたのです。

カムラーはアダムスキーに対してこう言っています。

「金星人に遇わせるから今度仲間を連れてモハベ砂漠に来てほしい」と。

カムラーに誘われたアダムスキーは仲間を連れてモハベ砂漠へ出向きます。

するとカムラーの指定した時間にハウニブ2(アダムスキー型)のUFOが出現。

次の画像がアダムスキー型UFOです。

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UFOの中からは美系の宇宙人が出てきて金星人であることを告げます。

そこでアダムスキーは喜んで写真を撮りまくったのです。

ところがそれは全て米国が工作した大芝居だったのです。

この一連の事件が見事に米軍のカムフラージュに使われました。

そうアダムスキーはまんまと米国に嵌めらたというわけです。

※彼の前に現れた金星人は米国のヤラセですがUFOはナチス製の本物。