「官僚」とは、中央省庁の中で、ある一定以上の地位にある国家公務員のことです。

中央省庁とは、日本国内における行政機関のことで、
これらが東京都千代田区の霞ヶ関に集結していることから、
それを称して「霞が関」と呼んだります。

次が中央省庁の組織図です。

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こうした役所に勤務する官僚には、キャリアとノンキャリアに分かれます。

キャリアは難しい国家公務員一種試験に受かりさえすれば、
たとえ、その者に仕事の能力がなくても、課長補佐または課長くらいまでは必ず昇進します。

ところが、ニ種試験で採用された者は、どんなに仕事の能力があっても、
課長補佐止まりです。(稀に課長に昇進する場合もありますが)

省庁では事務次官が最高位ですから、これを目指して競争を繰り広げるわけです。

事務次官は省庁のトップですが、部下に自分の年次よりも上の人がいると仕事がやりにくくなります。

なのでキャリアの中で事務次官が一番年次が高い形を作りたくなるのです。

そこで、事務次官の理想の組織形態を作るため同期の間引きが行われるわけです。

ここで行われる間引きは、役所を出て行ってもらうという意味です。

とは言え、まだその人たちは40代や50代、定年退職には早すぎる年齢です。

養わなくてはならない家族もあれば生活もかっています。

そこで、民間の企業に重役として受け入れてもらい、高い給料が保障されることになります。

この人たちを好待遇で受け入れる企業側は、その見返りとして省庁から優遇されることを期待します。

中には、民間企業ではなく、「独立行政法人」に天下る者もいます。

これは、天下った者が元いた役所が業務を委託し、その資金で天下った者の給料の面倒を見るシステムです。

つまり、天下りは、事務次官が役所のトップとして働きやすく、
しかも居心地の良い環境を作るための役所都合のシステムなのです。

なぜ、こんなシステムが日本ではまかり通るのでしょうか?

こうしたシステムは、絶対に廃止するべきです。

キャリアもノンキャリアも実力で出世するようなシステムにしなければなりません。

それが正常で当り前のシステムです。

こんな天下りというシステムが存在すると企業と役所の間で何が起こるか知ってますか?

監督官庁というのがありますが、 これは文字通り企業や公共的団体などの事業を監督する官庁のことです。

この監督官庁と監督される側の企業との間に癒着が起こるのです。

例えば、ある企業が何人も天下りを受け入れたとします。

そうすると、天下りを受けた企業は彼らの給料を保障しなくてはならないので当然、高額な人件費が必要となります。

となると、その企業は儲かっていなければなりません。

そこで役所は、その企業が儲かるように国の仕事をどんどん発注するのです。

本来なら競争入札制度があるのですから、もっと安い金額で仕事を受け入れる企業があるかもしれません。

ところが、企業と役所は勝手に随意契約を行います。

そして、役所は競争入札より高い金額で仕事を発注するのです。

このような構図が出来上がっているのです。

これらに多額の税金が使われるのは言うまでもありませんよね。

あなたは、こうしたことを許せますか?

あなたが払っている税金がこんなものに使われているのですよ。

ところで、こうした官僚のほとんどは東大の法学部出身だとご存知でしょうか?

しかも、キャリア官僚のほとんどは、途中でハーバード大学や
スタンフォード大学とった欧米の一流大学に留学しているのです。

これも、勿論、国民の税金が使われることになります。

東大のトップクラスの人間が国の役所に就職し、 各地方のトップの大学を出た人間が、
その地方の県庁に就職する構図になっているのです。

東大のトップクラスともなれば学力面では優秀なわけですから、
本来なら民間企業に就職し、国の発展のために尽力すべきです。

なのに彼らは、なぜか官僚になってしまいます。(一部は外資系企業に流れてますが)

学力面で優秀な人間が官僚となるため、官僚が日本政府を動かしているのです。

日本の将来設計は、官僚が行い、それを国会議員が追認しているだけなのです。

だから天下りのようなシステムがまかりとおるわけです。

彼らは、日本の将来設計を行うにあたり、自分たちの利益のことを最優先に考えます。

本来なら、自分たちの利益より一般市民の利益を考えるべきです。

そんな連中が中央省庁という役所のトップとして存在しているわけですから日本が良くなるわけがないのです。

このような官僚機構は、根底から解体して、再構築する必要があるのです。

ただ学問だけで成りあがってきた連中に何ができるでしょうか?

そんな連中に日本の未来を託せますか?

私は託せませんね。