ケネディ暗殺事件

ジョン・F・ケネディ

アメリカ合衆国・第35代大統領といえば「ジョン・F・ケネディ」です。

彼は史上最も若い43歳という若さで大統領に就任し、
国民から多くの支持を受け、将来を期待された希望の星でした。

しかし1963年11月22日、彼はディーリープラザで暗殺されました。

ジョン・F・ケネディ

ジョン・F・ケネディ

暗殺現場には不可解な点が未だ多く存在し、
暗殺の真相を巡り、様々な説が飛び交っています。

暗殺の舞台となったのはテキサス州・ダラスで、
ケネディが暗殺されたポイントには今でもクッキリと×印が記されています。

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事件当初、ディーリープラザの背後に位置する「教科書倉庫ビル」の6階、
東南角の部屋からケネディを撃ったとされるライフルと薬莢が発見されました。

そのため、教科書倉庫ビルの臨時従業員
「リー・ハーヴェイ・オズワルド」が狙撃した人物として逮捕されたのです。

オズワルド

オズワルド

逮捕後の記者会見でオズワルドは意味深な言葉を残しています。

「自分は責任を取らされただけだ」と。

逮捕から2日後、彼は留置場を出て、裁判所に向かう車に乗り込もうとした際、
「ジャック・ルビー」という男に射殺されました。

この男はなぜ、オズワルドを射殺する必要があったのでしょうか?

ジャック・ルビー

ジャック・ルビー

暗殺当日まで時代を遡ってみましょう。

通常は、大統領がパレードを行う際は、
シークレットサービスが全ての建物の窓をチェックし必ず窓を閉めるのですが、
なぜかこの日は教科書倉庫ビルの窓は開いたままになっていたのです。

さらにパレードの際、陸軍、海軍を合わせて、
通常は24人がライフルを持って警備するはずなのに、
この日は1人もいなかったと言われています。

つまりケネディ大統領が現場を通った時は完全に無防備な状態だったのです。

しかも大統領を乗せた車はこの日、いきなりコースを変更していたのです。

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おかしな点は他にも多数あります。

パレードの車は時速20キロ以下にスピードを落としてはいけないという決まりがありました。
にも関わらず、なぜか車は10キロにスピードを落としていたのです。

ケネディを乗せた車がカーブにさしかかった時、
先導車に乗っていた副大統領のジョンソンが銃声が聞こえる直前、
なぜか身を隠していたそうです。

州知事はドライバーの直ぐ後ろ、つまり大統領の前に座っていましたが、
銃声が聞こえた時に「なぜだ、奴らは私達を全員殺すつもりか?」と口走ったと言われています。

これは副大統領も州知事も何が起こるかを事前に知っていた証拠です。

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※赤丸が州知事

教科書倉庫ビル以外にもグラシノールの丘からも発砲されており、
グラシノールの丘から2人が発砲したと思われていましたが、
目撃情報によって3人が逮捕されました。

逮捕者はオズワルドだけではなかったのです。

教科書倉庫ビル

教科書倉庫ビル

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ケネディ暗殺の理由には人種差別問題、CIAとの確執、
麻薬とマフィアの撲滅、軍需産業の縮小、ベトナム戦争撤退など、
理想主義を追い求めた結果、多くの敵を作ってしまったことが挙げられています。

果たしてその真相はいかがなものか?