日本とイスラエルの関係に迫ってみたいと思います。

色々と謎の多いイエスキリストですが、彼は「私はある」だったと言っています。

「私はアブラハムを見ていた・・・そして私がヤハウェ」だと言ったのです。

 

私は「ある」で、名前ではない・・・と、なんだか理解し難い言葉ですが、早い話、イエスキリストは、自分で「これがヤハウェの正体である」と言ったのです。

だから、イスラエルの指導者たちが、自分を神だと主張するイエスキリストに憤りを感じ「お前は、ただの人間じゃないか」と、当時では一番の重い刑だった十字架磔けの刑にしたのです。

イエスキリストが言った、私は「ある」というのは現人神(あらひとがみ)のことです。

現人神とは、霊の状態の神が受胎して、人間の形として現れた神のことです。

この現人神の思想があるのは、実は日本とイスラエルだけなのです。

だから、日本の安土桃山時代には、キリスト教徒が今よりも多かったと考えられるのです。

 

現在では、日本人にクリスチャンは100人中1人もいないとも言われています。

日本の最高神である天照大神が、天岩戸にお隠れになったのは、つまり死んだということですよね。

それが後になって、天岩戸から出てきたということは、蘇ったということです。

一度死んで、横穴に入っていたのに、蘇って出てきたところは、イエスキリストと全く同じです。

天照大神はイエスキリストの一致・・・これは一体何を意味するのでしょうか?

 

ところで、古代エジプトに売られたイスラエルのヨセフは12支族中の1支族を作った人物です。

彼らがエジプトに売られる前に、殺されそうになった場所が「ドタン」というところです。

それが転じて、日本では「土壇場(どたんば)」となりました。

 

日本の旧暦では、正月は2月ですが、現在では正月1月ですよね。

この年明けの正月に、酒を飲んで祝いますが、この酒を何と言いますか?

そうです「オトソ」ですよね。

オトソを漢字にすると「御屠蘇」と書きます。

この漢字をよーく見て下さい。

 

「屠」は「屠殺」の屠です・・・そして「蘇」は蘇るです。

ここから導き出される意味とは・・・もう、お分かりですよね。

御屠蘇

御屠蘇

 

屠殺されて蘇ったことを酒を酌み交わし皆で祝う・・・そんな意味が「御屠蘇」には隠されていたのです。

イエスリストは過越しの祭りの後、殺されて蘇っています。

これを正月に、皆で酒を飲みながら祝ったのです。

その名残が、正月に飲む「御屠蘇」なのです。

 

他にも、「茨(いばら)」という字は、昔は「荊(いばら)」と書いていました。

この「荊」という字は、草冠の処刑と書きますよね。

イエスキリストは、十字架に磔にされた時、荊の冠を被って処刑されました。

つまり、荊という字は、イエスキリストからきているのです。

荊

 

これらを見てもわかるように、日本人は原始キリスト教徒なのです。

だから日本人は、質素で真面目なのです。

また、日本を表す「大和・倭(ヤマト)」は、実はヤウマトゥというヘブライ語なのです。

「ヤ」は、ヤハウェの「ヤ」で、「ウマトゥ」は民族のことです。

つまり、ヤハウェの民族のことを表しているのです。

 

もっと言うと、旧約聖書「列王記」などに登場する「ヨシア」という人物がいます。

彼はユダ王国の王でした。

例えば、スポーツなどで、自分たちのチームに点数が入ると、「ヨッシャー」といいますよね。

これは実は、「ヨシア」のことなのです。

なぜなら、ヨシアは「勝者」という意味でもあるからです。

このように、日本人は何も知らずにヘブライ語を頻繁に使っているのです。

これは、日本人の元は、イスラエル人・・・すなわちユダヤ人だという証なのです。